オランウータンの森づくりの報告

2003年に初めて10000本のインドネシアの熱帯雨林の主木であるメランティーを植林寄付したことから始まりました。

その後は一般のみなさんや心ある企業の方々の寄付支援により実行してきました。

寄付後もツアーの都度参加者の皆さんに寄付をしていただいてきました。

植林以外でもインドネシアのBOS財団の活動支援を20年余り支続けて参りましたが、人材面や資金面で活動を維持することが難しくなりNPOボルネオ オランウータン サバイバルファンデーション日本の活動を休止することといたします。

個人的な寄付から今日まで20年間支援を続けて来られたのは、たくさんの皆様のご支援によるものと心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

 

オランウータンの森づくり報告

2016年植林地インフォメーションを発行

毎年、発行している植林地のインフォメーション2016年版を発行しました。

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ここ数年は異常な気象が連続していますが、一昨年から昨年の前半にかけて、エルニーニョの来襲で高温で少雨が続きました。このためにカリマンタン島やスマトラ島では森林火災が発生し、近隣諸国にも影響が出るほどの煙害を巻き起こしました。

カリマンタンでの森林火災被害の面積は約200万haにおよび極めて深刻な被害でした。幸い私どもの植林地には火災被害はありませんでしたが、少雨のためにチークは葉っぱを全部落葉させて乾燥対策をしていました。

その後雨の回復で4月ごろには葉っぱが戻ってきました。もはや地球規模の気候変動は、何十年ぶりとかでなく、気候変動が普通の時代になってきているようです。

詳しい情報は2016年版 植林地インフォメーションをご覧いただき、今地球に起きている気候変動を知る手がかりになればと願っています。

ご希望の場合は:info@vivo.co.jp までご連絡を!メール便またはPDFにてお届けします。

未来への希望の木を植える④

オランウータンのリハビリセンターで昼食を頂いて車で1時間あまり移動し「生命の森づくり」の現場に移動しました。

この場所は2000年に初めて訪問した焼畑を繰り返し、最後は1997~8年の大きな山火事で被災し、自然が土砂の流出を防ぐために「アランアラン」というイネ科のススキのような草の繁茂した土地でした。位置的にはバリックパパン市からサマリンダ市に向かう道路の30kmのところです。

この道路は第二次世界大戦の終盤にバリックパパンを連合軍に攻撃されて日本軍がジャングルに敗走した道路でその道は当時「地獄街道」と呼ばれていたそうです。

※地獄街道の話=元海軍 川崎司郎さんの話より引用

1945(昭和20)年8月、ボルネオ島(現インドネシア)東岸のバリクパパン。海軍第21糧食生産隊の製糧士だった川崎志郎さん(88)=杵島郡白石町=は泥と汗にまみれながら、120キロ離れた街・サマリンダを目指し、密林の中を急いでいた。

 起伏が激しいうえ、雨期でぬかるんだ獣道を進む足取りは重かった。「腐臭がひどく、離れていても死体があるのが分かった」。機銃掃射を受けて絶命した兵士、川岸には水を求めて息絶えた人…。あちこちにウジのわいた死体が横たわっていた。

 疲れ切った仲間たちはマラリアや赤痢、かっけなどに冒されていた。いつ自分が同じ立場になってもおかしくなかった。「まさに死の行軍だった」

植林予定地として案内をされてこの地に立った時は、単に「アランアラン」の広大な草原でした。自然の息吹に満ちた熱帯雨林の面影もない想像を超えるような目の前の情景に「身震いを」覚えました。「木を伐り出す」という「人間の業」の罪深さを感じたからでしたが、その背景には第二次世界大戦の「死の行軍」敗走された軍人の皆さんの「無念」があったからではないかと感じるようになりました。

この土地でご縁を頂いて植林をさせていただくことに先人への感謝を感じながら取り組ませて頂いています。

「アランアラン」という草は世界最強の雑草とよばれ、根っこをびっしりとはびこらせるために他の植物を寄せ付けない強靭さがあります。人間がこの地で植林をするためにはこの草を如何に制御しながら植えた木を育てるかが大きな課題となりました。

それに加えて2004~5年ごろから気候変動の影響によるエルニーニョのたび重なる来襲のより雨の少ない時期が長くなり植林したチークの成長に大きな影響を与えました。そのためにその後も当初の予定の成長に及ばず緩やかな成長になっています。

手入れをしながら時の経過を待つしかないという状況になっています。この事態を打開するために空いている土地に早い成長性が期待できる「樹種」をこれまで植林していない土地に植林する試みにも取り組んでいます。

今回ツアー参加の皆さんに「奇跡の木」よばれる「モリンガ」の植林を応援していただきました。この樹種は2015年12月から試験的に植林をしてきて現在まで累計で2500本植林しております。この木はマメ科の植物で窒素を固定してくれすでに植林しているチークの成長にもいい影響を与えてくれるのではないかと考え、チークの植林地の間にも植林を行って参ります。今回のボランティアの皆さんに植林地の間にモリンガを植えていただきました。

今後1年以内に2mほどに育ち、開花結実しますので、葉っぱの収穫や種の収穫につなげて地元民の収入機会に繋がるように育てて行きます。

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2016年12月13日モリンガの樹間植林
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2016年12月チークの樹間にモリンガを植える
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2016年12月モリンガの小さな苗をうえる
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2016年1月に植えたモリンガの2016年9月の状況です。高さ2mに育ち実もつけていました。この調子で育てば地元の皆さんの新しい収入機会に繋が得られると考えています。

未来への希望の木を植える③

12月11日バリ植林祭を終わって夕方ウブドに移動しました。翌日の11時の飛行機でバリックパパン市への直行便で移動しました。

第二次世界大戦のときに原油確保の為に進行し、結果15,000名もの皆さんが生命を亡くされた街です。その皆様の御霊を慰霊するために「南方戦没者慰霊碑」があります。

この土地を訪れた時は基本的には訪問するようにしています。この慰霊碑の前の海岸線が浸食されているので過去に2度マングローブの苗を植林しましたが、流されてしまい失敗しています。

今回は植林をしないで参拝をしただけでした。今度は寄付金が集まり次第、この地にあるマングローブセンターの指導を受けて実行したいと考えています。

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参拝を終えて車でオランウータンのリハビリセンターのあるサンボジャというところに移動しました。このには「サンボジャロッジ」という宿泊施設があり、センターへの寄付も含まれているために宿泊費用が高いですが、皆さんにいい施設だと好評をいただいていますimg-502153158-0001翌日、オランウータンアイランドで保護されているオランウータンの状況を見て、そのあと「オランウータンの森づくり」植林を皆さんと一緒に取り組みました、オランウータンと私たち人類の未来の希望の植林です。

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未来への希望の木を植える その②

12月11日は昨年に続いて火山礫だけの土地への植林を行いました。昨年でこのような厳しい環境での植林はしないような話でした。しかし、昨年のわれわれの行った植林がたいへん成績が良かった(90%以上の活着)ことで方針が変わったらしい。

引き続きバツゥール山の山麓まで30㎞のラフロードの両サイド20m(=40mの幅)余りの植林をやってほしいということになった。このような土のないクレーターのようなところで植林で根付かせることは普通の考えでは植林することは困難です。植林の専門家であっても躊躇するような環境だと言えます。

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植物が育つためには、雨と太陽と大地が必要ですが、その大地の土の状態で生育が多く左右されます。この大地には「土」が皆無で火山礫だけでそこの生えている植物といえるものはほとんどなくわずかに岩にへばりついているコケ類がすこししかなかった。自分の経験の中にもこんな厳しい対象地はなかった。

どうしようかと考えた「乾期」の乾燥を防ぐために植穴の周りに肥料効果のある植物の種を、その一部は粘土団子で仕上げた種をまいた。予想以上によくこの植物がそだって植林した苗木の保護に役立ったようです。一昨年の12月、2月、4月、6月、9月と気になった現場をのぞいてきました。元気で育っている状況をみて安堵して帰るということを繰り返してきました。2016年12月の植林祭のためにこの土地を再び訪問して元気に育ってくれている姿を見てただただ「感謝」の気持ちでした。このに植林した木々は周りの自然に、神様に守られているということを感じさせられました。

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このような夢のような成果を見ることが出来て、この植林に参加してくれた大学生たちも今年も笑顔で参加してくれよかったです。

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過去には被災したままで160年余りも放置されてきた火山爆発被災地が私たちの「植林」で緑を回復し、やがては本来の緑豊かな土地に再生することをねがって次の植林、東カリマンタンの熱帯雨林再生のための植林に移動しました。

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未来への希望の木を植える その①

12月9日から15日まで、NPOアジア植林友好協会の主催するインドネシア植林体験ボランティアツアーを行いました。

今回は4種類の目的の違う植林を実行していただきました。

①バリの「ジオパーク」の整備のための植林 

これは、ジオパーク内で違法に農業を営む人たちと共存できる環境づくりのための植林です。火山爆発で被災した土地のなかで小さな面積でも農業をできるようにして農民の人が公的な土地に入植して生活をしています。

この状態をできる限り狭めて、公的な施設=キャンプ場の拡充を目的にして、農地の間や谷の間など足場の悪い中を「地場の樹種アンププ」を植林しました。朝8時から始めましたが9時ごろから雨が降り始め10時過ぎには厳しい降り方となりましたが、ずぶぬれになりながらみなさん熱心に取り組んでくれました。

日本からのボランティア参加者9名、現地大学STIBの学生20名、地元国立キンタマニー第一高校の日本語コースの学生100名地元の農家の人達30名で2000本を植林しました。

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バリの植林「体感」ツアー参加者募集中

あなたは、地球に住んで、地球のために、イイコトしていますか?

無意識に呼吸をしていますが、あなたは酸素代を払っていますか?

今年もインドネシアバリ島の植林体験ツアーを行います。

始めは2004年、本格的には2007年にバリの植林活動を始めました。その活動記録をまとめてみました。荒廃した火山爆発被災地が回復して状況を確認していただけると思います。

こんな現場に身を置いて、地球環境の現実を見て、未来を考えていただきたい、体感していただきたいという願いでこのツアーを企画しています。

情報として知っただけでは未来を創れない。行動をするためにもあなた自身で体感していただきたい、そして、次世代が安心して過ごせる地球を残すための活動を理解してほしいそんな望みでこの企画をしています。

バリ満喫プラント、東カリマンタンに行き、本物の熱帯雨林とオランウータンを見るプランの2パターンがあります。今日はバリの植林を紹介させていただきます。

モロタイ島で考えたこと

寄付による植林活動をNPOアジア植林友好協会という団体で2002年から続けていますが、

日本にただ一人(?)12間住んでいるモロタイ島出身のアバス君と2年前に出会い、彼の故郷モロタイ島の人達の為になる植林を始めることになりました。

約50%は国土緑化推進機構の助成、残りは自己資金と一般の寄付により進めます。見通しは厳しいですがモロタイ島の人達の為になるプロジェクトだと考えているので是非とも成功させたいと願っています。

ご存知の方もおられるかと思いますが、第二次世界大戦のとき南の方から連合軍が進行し、フィリピン攻撃の時に拠点にしたのがモロタイ島です。

この島から中村輝夫さんという日本名の台湾の高砂族出身で日本兵として出兵、終戦後もジャングルのひそんで30年あまり、不屈の精神で生きた方がおられました。

中村さんはモロタイの島の地元で尊敬できる日本兵の鏡として迎えられて、銅像も建てられています。

その地域は名前が「NAKAMURA」という名前が付けられています。その奥地が今回の植林対象地です。このあたりは大きな木は切りはらわれてそのあと利用されていない土地です。ここで地元の人々の生活に役立つ植林を行います。

植林にほとんどなれていない地元の人達と順調に進められるか少し心配な点がありますが、仕事がほとんどない地域の人達は大変やる気を出して取り組んでくれていて有難いと思っています。

ここで目指す植林は、CSV植林です。環境保全のための植林と新しい社会的な価値の創造を目指しています。地元の人たちの持続的な生計手段を作り出す植林

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を目指しています。

先人が残してくれた友好な関係を一層進めて世界平和に貢献できる植林プロジェクトにしたいと願っています。

誇りある多くの日本人の皆さんの支援を願っています。http://www.agfn.org

世界は日本人をどのように見ているのか?

植林とハチドリの一滴

南米には、アマゾンの山火事に、一滴(ひとしずく)の水を   懸命に運んで火を消そうとしたというハチドリの民話があるそうです。

「森の生き物は、われ先にと逃げてゆきました。 

そんな中で、一匹のハチドリだけは、行ったり来たりして、小さな口ばしで水のしずくを一滴づつ運んでは炎の上に落としていきます。

他のカラダの大きな動物たちがそれを見て

「そんな事をして、いったい何になるんだ」「焼け石に水」と言って笑います。

それに答えて

「私にできることはこれだけです」とハチドリは言ったそうです。」

私たち人類も地球温暖化がいかに解決困難であろうとも未来世代に付けを残さないためにも、

ハチドリのように「一人ひとり自分にできる事をやること」が大切だと思います。

私たち人間ができることは小さなことですが、植えた木は確実に育ち続けてくれ次世代に引き継ぐことが出来ます。

https://readyfor.jp/projects/orangutan

BOS 山火事

行動しないと手遅れになる

地球の未来はあなたの今の行動が決める

https://vpoint.jp/column/67411.html

■状況は「待ったなしの状況」なのに
産業革命以後の急速な地球環境の劣化を懸念して、1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された「IPCC」は人類の行動を起源とする「気候変化、影響、適応及び緩和方策」について、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として設立されている。

以来、5~6年ごとに各国政府を通じて推薦された科学者が参加し、気候変動に関する科学研究から得られた最新の知見を評価し、評価報告書(assessment report)にまとめて公表します。第5次報告は日本からも10人の科学者が参加して2014年11月に行われている。

2015年12月にパリ開催の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で世界の気温上昇を2度未満に抑えるための取り組みに合意し、パリ協定を採択された。
世界196カ国の国・地域がすべて、温室効果ガス削減を約束するのは初めてである。その意味では大変すばらしい成果であるが、合意の要旨は、

  • 温室効果ガス排出量が速やかにピークに達して減り始めるようにする
  • 今世紀後半には温室効果ガスの排出源と吸収源の均衡を達成する
  • 森林・土壌・海洋が自然に吸収できる量にまで、排出量を2050~2100年の間に減らしていく
  • 地球の気温上昇を2度より「かなり低く」抑え、1.5度未満に抑えるための取り組みを推進する
  • 5年ごとに進展を点検

至極当然の内容であるが、ここまで切羽詰まった状況と思われる中でも、具体的な行動プランがないことは誠に残念で大きな懸念材料である。
地球温暖化というさまざまな利害が交錯する課題を全会一致で合意することはかなりの困難を伴う。残念ながら、一方で実際社会では明らかな温暖化要因であっても社会が排除できないような環境にある。
このような状況が続けば合意のできないまま時間切れで物理的に取り返しのつかない地球環境になってしまうことは避けられないであろうことは明白である。

■早く対策をとらないと手遅れになる
2016年4月22日の「地球の日」に国連本部でフランスのパリで2015年12月に採択された地球温暖化対策の新たな枠組み「パリ協定」の署名式が、アメリカ・ニューヨークの国連本部で170以上の国と地域の首脳らの参加のもとで開かれた。

https://vpoint.jp/column/67411.html

「森の人」オランウータンを救い、人類の未来環境を創造しよう!

https://readyfor.jp/project/orangutan2016.6BOSF52016.6BOSF2